見飽きるといったら怒られるが、結構余部では撮ってきたキハ181。
置き換えが正式に発表されてしまった今後、181を独り占めして撮影するなんてこともできそうもなく、
人ごみに混じって撮るのも非常に苦しい。

そんな時間がいつしか過ぎ、餘部もいつの間にか最終日を向かえ、
あの鉄橋を最後に渡ったのは、9806Dと名づけられた5Dの返却回送であるキハ181だった。

2010.7.16。餘部鉄橋は使命を終え、1ヶ月少々の運休を経て、新橋梁へと生まれ変わった。
あれから3ヶ月、2010.11.6。今度はキハ181を使用した”はまかぜ”の最終日がやってきた。

その後は臨時のかにカニはまかぜとして最後の役割を無事に果たし、2010.12.23。

キハ181は長かった山陰での役割を終えた。

 

2005年から約5年、餘部鉄橋とともに数々のフィルムとして記録に残るキハ181を思い出しながら、
少しまとめてみた。

 

まだ工事はまったく。真夏の昼下がり。轟音を響かせて短めのはまかぜが行く。

 

 

 

 

出雲なき余部では、はまかぜが唯一の優等列車。
赤い普通列車しか走らない余部には、ちょっとした花形だったと思う。

 

 

余部にはまかぜが停まった。

 

 

真夏の夕方、山の上までターボを響かせて、余部を渡る。

 

城崎で国鉄同士が並ぶ。

 


国鉄しか居ないこの駅を今まで見向きもしなかった。

 


鯉幟、新緑、はまかぜ。


最後はかにカニはまかぜとして役割を終えた・・・。

 

 

 

 

年末の輸送対応で臨時はまかぜが運転される日、浜坂では181が並んだ。
このとき撮影をしていたのは自分だけだったが、今となっては貴重な光景。

 


工事の進む余部。181も運命を共にする。

 

 

 

 

吹雪の余部。お立ち台もない今、この景色は完全に失われた。

 


定期はまかぜ引退まであと1ヶ月を切った。

さすがにギャラリーは増えてきた。
少し前、誰からも注目されることのなかったはまかぜを撮っていたのは、
極少ない、本当にこいつが好きな人だったのだろう。

 

 


最後に・・・と、新餘部橋梁とキハ181を撮影に行った。
天候には完全に嫌われたが、山陰らしい景色と言えばそうだ。

 

 

 

長いことお世話になったキハ181は役割を終えた。

またいつか再会できる日が来ることを願っている。